図鑑のまりものページ開いている

2015年02月03日

廊下

三学期の初め。和人は小学校の図書室で、植物図鑑のまりものページを開いている。図鑑の解説は、『まりもはある程度の大きさになると自分の体を支えきれなくなり、分裂して小さなまりもとなって、その数を増やしていく』とある。

和人はうれしくなってつぶやく。 「そうか、あれはまりもの子供だったのか。お兄ちゃんが割ったまりもも、大人から子供になっただけなんだ」

うちに帰り、琴美が出窓に置いたままにしてある、四つのまりもが入ったビンを見つめる和人。二つは完全に丸いが、あと二つはいびつな形をしている。
そこへ、秀人が帰ってくる。
和人はビンを片手に、明るく報告する。
「お兄ちゃん、僕、今日学校で、まりものこと調べたんだ」
秀人、バツが悪そうに言う。
「そうか・・・何かわかったか?」
「うん、こいつ、分裂して子供を増やしていくんだ。だから、お兄ちゃんのおかげで、一つ家族が増えて、きっと喜んでるよ」
秀人、じっと和人を見つめて、そして鼻をすする。
「・・・ごめんな、和人」
和人は首をかしげる。
「・・・お兄ちゃんは知ってたんだよね? だから・・・」
秀人は和人の髪をくしゃっとなでながら、あいまいにうなずく。
「そうだな、でも、ごめんな、お前をそんなに驚かしちまって」
和人、うなずく。
「うん、本当にびっくりしたよ」
和人の返事に何も答えず、何度もうなずく秀人。

秀人とほぼ同時に帰宅した琴美は、廊下でカラコンを外しながら、静かに秀人と和人のやりとりを聞いていた。その表情はやさしく、弟たちを見守っていた。

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Posted by 弘せりえ at 13:48 Comments( 0 ) 短編

北の湖の中にもぐっている夢

2014年03月22日

まりも

夕方帰ってきた琴美が、コートを脱ぎながら、窓辺に近づく。バックやコートと一緒に自分の部屋に持っていこうとしたまりものビンの中身が変わっていることに気付き、琴美は秀人をひっつかまえる。

「ちょっと、アンタ、まりも一つ、どうしちゃったのよ!?」
「なんでいつも僕のせいなんだよ、和人かもしれないだろ」
琴美、横にいる和人をちょっと見るが、秀人の方に向き直り、バチンッと秀人の頭をはたく。
「和ちゃんのわけないじゃない、こんなことするの!」

和人、琴美と秀人のやりとりを遠い目で見ている。しばらくしてそれに気付いた琴美は心配顔で和人にたずねる。
「どうしたの、和ちゃん?」
和人、つらそうに答える。
「・・・お兄ちゃんが、地球を壊してしまったんだ。地球は緑色の水を吐いて、割れてしまったんだよ」
一瞬おどろいて和人を見る琴美。それから秀人を振り返り、もう一度なぐると、今度はそっと和人の頭をなでる。
「和ちゃん、大丈夫だよ、あれはまりもだから、大丈夫だよ」

琴美は秀人が恐る恐る持ってきたゴミ箱の紙くずの中から、二つに割れたまりもを拾い出し、指で丸めて二つの小さなまりもを作り、水の中に入れる。
「こうしておけば、大丈夫だよ。絶対、地球はなくならないからね」
和人、こくん、とうなずく。

その晩、和人は夢を見た。北の湖の中にもぐっている夢。パジャマを着ている自分に気付き、和人は自分が夢の中にいるのだ、とうっすら思う。冷たい水に身を震わしながたら、深く深くもぐっていく。澄んだ水に差し込む日の光が柔らかい。

底までたどり着くと、野生のまりもが群生している。その壮大な光景に息を飲む和人。30センチほどのまりもが、湖の底にごろごろと群れをなしている。その神秘的な様子にしばらく見惚れている和人。

と、その一部に変化が起こり始めた。大きめのまりもが、ひとりでに割れて、分裂し始めている。和人は、そのまりもに近づく。まりもの中から空気の泡が溢れ出し、ゆっくりゆっくり崩壊していく。まりもはいったん粉々になったかと思うと、小さなまりもに姿を変え、湖の中へ広がっていく。

和人は、そのあまりにも神秘的なありさまに、目を見開く。緑の小さな玉がいっぱい、いっぱい広がってく。和人が湖を改めて見渡すと、大きなまりもの殆どが小さいまりもへと変身している。湖の中は小まりもであふれ、狂喜乱舞するように、柔らかな日差しの中に漂っている。小まりも達の声に、和人は耳を傾ける。

「みんな友達」
「みんな兄弟」
「みんな家族」

和人はうれしくなって、小まりも達と一緒に浮かび上がりかけたとき、目が覚めた。


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冬も終わりに近づき

2014年03月20日

ダイニング

冬も終わりに近づき、もうそろそろ桜の季節という頃。琴美は、スプリングコートを着て、出かけようとしている。中学生の弟、秀人がうらやましそうにそれを見ている。

「いいよなー、ねーちゃん、行くとこあって」
「子供はおうちで過ごしてなさい」
琴美はそう言って、出かけて行ってしまった。

両親は居間でテレビを見ている。秀人は、小学生の弟、和人と窓辺のダイニングでぼんやりしている。公園でサッカーしても和人は全然相手にならなかったし、私立の中学に通っている。

秀人は、近所に友達があまりいない。秀人は、出窓に飾ってある飾り花の後ろにある、まりもの入ったビンを見つける。いつも琴美の部屋にあるのだが、今日は日が当たる出窓に置いていったようだ。秀人はビンを開けると、三つあるまりもの中から、直径3センチくらいのものを取り出し、テーブルの上に置く。

和人は無邪気に甲高い声でたずねる。
「それ、お姉ちゃんのじゃないの?」
秀人はうなずくと、まりもを転がす。
「三つもあるんだ、一つくらいなくなってもわかんないよ」
「わかると思うけどな・・・それに、何するの、それで?」
秀人はまりもを人指し指と親指でつまみ、窓の光にかざす。

「なぁ、和人、これ、何に見える?」
和人、じっとまりもを見つめる。
「・・・緑の・・・丸いの」
「そうだ、その通りだ。けどさ、他にこんなもの見たことないか?」
秀人、和人にまりもを近づける。
和人、困った顔をしてまりもを見つめる。
「・・・なんかね」
「うん、うん」
期待顔の秀人。

和人はモジモジする。
「笑わないでね」
「うん、うん」
和人は小声でつぶやいた。
「・・・地球に見える」
秀人はおちゃらけた口笛をならす。
「さすがは和人! そう言ってくれると思ったよ」
和人、ちょっとムッとしながら、神妙な顔をする。
「・・・で、それで何をするの?」
秀人、悪そうにニヤリと笑うと、ポケットから十円玉を取り出す。
「地球崩壊」

秀人、まりもをテーブルに置くと、十円玉で割ろうとする。まりもは、まず凹んで、中から水が滲みだす。薄い緑色の水。和人、顔をしがめている。まりもは半分くらいの大きさになるくらいまで凹んだところで、ぐにゃりと割れる。秀人、割れたまりもの中をのぞく。

「中は空洞だって聞いたことあるけど、これは小石が入ってる」
ずっと嫌そうな顔をしている和人はつぶやく。
「・・・地球が壊れちゃった・・・」


Posted by 弘せりえ at 15:35 Comments( 0 ) 短編